「ボラバッジ」の構想はいつからあったの?

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10月7日(木)から始まった「二コラ」の「ボラバッジ」プロジェクト。

「ボラバッジ」プロジェクトのクラウドファンディングにご支援を!

実は今回、新たに発案したものではないんですね。今から数えて23年前の1998年7月29日(水)、東京都豊島区民センターにおいて「二コラ3周年記念教育フォーラム」と題したイベントを開催しています。これがその時の集会の風景です(月刊教育誌『二コラ』9月号)。
 
目次にあるように、様々な分野で活動されている『二コラ』の読者の方々が一堂に会し、熱い討議を重ねました。

そこでお話をされた方の一人に、都内で「愛のふれあいバッヂ運動」をされているAさんという方がおられ、「愛による助け合い」を提唱されました。参加者の多くが今の子どもたちを取り巻く問題点を指摘することが多かったのに対して、こういう運動の呼び掛けは異彩を放ったのを今でも覚えています。今ではもう20年以上前のお話になります。
残念ながら、「二コラ」では当面の課題に忙殺され、その方のご提案を運動に取り入れることはできませんでした。また、当時のマスコミもそういう社会運動にはほとんど無知の状態で、私たちの不登校支援を中心とする教育の問題についても同様でした。
しかし、「ボラバッジ」プロジェクトの発案はAさんにあったと言ってもいいと思います。ただし、今考えると、それは健常者である我々が社会的弱者である人々に愛の手を差し伸べようという運動で、当時はそれはそれとして素晴らしい試みなのですが、そこに社会的弱者に対するある種の固定的な見方を感じ取られる方がいるかもと思いましたが、実際にはあまり広がりはえられなかったように思います。

そういうことの反省を踏まえ、「ボラバッジ」では、Aさんの見方を発展させ、その関係はもっと交換可能なものであり、どの立場にあろうと生きて存在していること自体に意味があること、誰もが固有のアイデンティティを有し、互いに自律的に生きられる社会を築くことが目標となっています。その意味で、この20年間の体験と学びは大きいものでした。

この「愛のふれあいバッジ運動」がはっきりと「ボラバッジ」としてイメージ化されたのは、実は2011年3月11日に発生した東日本大地震が引き金でした。
当日はちょうどフリースクール・ぱいでぃあの教室でその年度最後の保護者会をやっていました。激しく揺れる中、「じっと動かないで!ここがダメだったら、周りは全て駄目だから」と制したのを覚えています。参加者のお母さんの中に北海道で震度7の大地震に見舞われ地面に亀裂が走り、トラウマになった方もいました。
その地震の支援者の中に、被災者のために炊き出しを続けた杉良太郎さんがおられ、「ええ売名行為です。あなたも一億円出してやってはどうですか」というような返答をされたと話題にもなりました。しかし、お金のあるなしにかかわらず、ボランティアを思い立ったたくさんの人がいるはずです。その時にこの「ボラバッジ」のことを初めて真剣に考えました。ちょうど今から10年前の話になります。

地震と言えば、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災の直後に、単身バイクではせ参じ、ボランティア活動に専心した田中康夫氏の活動も無視できません。教育雑誌『二コラ』創刊と同時に「二コラの会」を立ち上げたのは、その年の6月でした。
ただ、「ボラバッジ」の実行そのものは、「やって成功する可能性は低い、日本にはまだそういう社会文化が醸成されていない」という反対の声が強く、実行を断念した経緯があります。(後で知ったことだが、まさにその時、時代の要請に導かれるように、まずREADYFOR、ついでCAMPFIREと日本の二大クラウドファンディングが産声を上げている)

つまり、今まで二度バッジ活動の機運はありながら、実行には移せずに来ました。そして、今回、まさに「三度目の正直」ということで実行に移したことになります。
今回、10月7日の開始から月末まで、ほとんど20数日のクラファン期間と、普通の半分の長さになりますが、敢えて決行しました。成否はまだ誰の知りません。それは全て皆さんの「行動」にかかっていると言えます。私たちはただその実現を願うばかりです。

さて、それでは、最初に戻って、20数年前、東京・池袋の豊島公会堂で開催した二コラ3周年のイベントで、Aさんがどういうお話をされたのか、その全文を紹介したい
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■「愛による助け合い」愛のふれあいバッヂ運動 (代表)A

 こんにちは、青木と申します。ちょっとお話ししたいことを用意してきたんですけれども、今まで何人もの方のお話を聞きながら、私も母親の立場として少しお話させていただきたいと思います。
 やはりいろいろな問題があると思うんですけれども、今日のテーマであります教育ということね、教え育てる、これは基本的には学校だとか社会とか言う前に、やはり家庭ではないかと思います。小さな頃から愛して育てていく過程の中で子どもが作り上げていくもの、それが今度は人を愛していくものになっていく、これが人から人に伝わっていく本当の文化ではないかと思います。
 私たちは生命を授かって生まれてきて、そして何も持たずに去っていくわけですよね。どんな立派な家を持っても、名誉や地位があっても、去っていく時に持っていけるのは、自分自身がどう生きたかという心ひとつ、それから何を残して何を伝えていけたかという自分が見ることができない財産を置いて行くだけではないかと思っています。
 そういう意味では、本当にたくんのやり方、方法、100人いれば100通りの方法で子どものことを真剣に考えている、そういう人たちが集まっている会がニコラの会ではないかと思いました。こういう心をいかに伝えていくかということをこういう場を使いながら、自分たちの中でまた確認し合っていく。それぞれのいいと思う方法でまたそれを伝えていく。それが私たちの一番大切なことではないかと思うんです。
 家庭の中でも、いろいろな意見があって当たり前、ぶつかって当たり前、喧嘩をして当たり前、それでいいと一思うんです。ただ、意見を言っているその心、どんな気持ちでそれを伝えているのか、喧嘩をしたくて言っているのか、愛しているから言っているのか、それを掴まえられる心の土台、愛されているという自信が必要ではないか。
 今回はふれあいバッチということで来ましたので(笑い)、それが基本になって、私は母親の立場として、人として、家庭の中にいながらも、また子どものために世の中に何を残していけるのかなと、子どもも大分成長しましたので、ある意味では自分の心の中から我が子を愛するというエネルギーを社会に向けてみたいと、そう思ったところからこの運動を考えました。
 それぞれの方がそれぞれの現場で本当に一生懸命やっていらっしゃるのがよく分かります。私も地域の民生児童委員として地域に関わらせていただいております。今これから何をなすべきかということについては、希望を絶対持ち続ける、良くなるためにやっていくという思いは、どこまでも私たちが持っていかなければいけないものだと思います。で、それを具体的に少し考えまして、愛のふれあいバッヂという方法を考えました。
 これは、そこに書いてありますように、私たち電車に乗ってもそうなんですけれども、お年寄りのお荷物を持った方がいらっしゃっても、断られたらどうしよう、もしかしたら次の駅で降りるかもしれないと、理性が働くとちょっと行動に移せなくなってしまう。そんなことが、きっとあるような気がするんです。そこで、私はほんの少し見る目を変えてみるのはどうかと考えました。
 声を掛ける、助け合う。これは私たちが日常でも出来やすいことだと思うんですけれども、お互いに悩んだり苦しんだりして生きている。その心の中は覗くことは出来ないけれども、お隣や自分の身近にいる人だけでも、「袖振り合うも他生の縁」ではないですけれども、顔色の悪い人に一声掛けるくらいの勇気を大人が持つこと、それが子どもに伝わっていくのが本当の教育、基本的な教育ではないのかと。伝えるのではなく伝わっていくものというのは、子どもが身体で覚えていく大切なことではないかと考えました。
 十分優しい気持ちは持っているんだけれども表現しずらい。そこで分かりやすいという意味で考えたのがバッチでした。最初は元気も病気もお互い様という意味で、リバーシブル (表も裏も使える)も考えたんですあwれども、高かったんです。一つが1600円もかかる。お金をかけて何かをするのではなくて、ただ近くにいるそんな人たちに、例えば電車の中で亡くなっていて、死亡推定時間から考えると新宿から高尾に行ってまた新宿に戻ってもう一度小金井の駅で車掌さんが見つけたという事件、ちょっとご存じの方がいらっしゃるかと思うんですけれども、また山手線の中で亡くなったまま見つかった方は手術をしていたんではないか、身近なところでは、よく知っている人も22歳でしたけれども心臓が悪くて、バスが終点で折り返した時にはもう意識はなかったそうです。結局、寝ているのかと間違えられて、そのまま連れて行かれたと。その寝ているかと間違えられたという
ところが、私は非常に寂しかったんです。その運転手さんにしてみると、酔っぱらっていて声を掛けた瞬間に怒鳴られたという経験があった時には、どうしてもそういう先入観が出来てしまうのではないかと思うんです。
 そのように、一番大切な人のいのち。私たちはあー生きているから何かが出来る。悩んだり苦しんだり笑ったりという基本的なところをもう一度考え直す原点に戻っていくような姿勢が、少しずつ子どもに何かを伝えていけることになるのではないかと。そんなことを子ども一緒に関わって行けたらいいなと。「あの人顔色が悪いわね、声を掛けてみようか」という会話を子どと出来ても素敵かなと。そんなことでも人の心はとっても救われるのではないかと思うんです。
 実は、ポスターがあるんですけれども。バッチをぜひつけて下さいということではなくて、目に見えないことで悩んでいるペースメーカーとか心臓病のある方でも、見えないところで見えない悩みを抱えなが普通に暮らしたいと思っている方がたくさんいるということ、そんなことを意識するだけでも、日常生活にいい形で相乗効果として現れるのではないかと、そういう意味でこういうポスターを作ってみました。
 バッチがあることで実際助かった方がたくさんいます。実は、3年前から地道に少しずつ動いていて、東京都内で120名くらいの方がこの赤いバッヂをつけています。でも、このバッヂをつけることで声を掛けていただいて助かりましたという声が少ないんです。なぜかというと、この中でも知っている方いらっしゃいますか?そういう状況なんです。それが勇気になったという声があるので、私は続けてやっています。たとえば、川崎病の子どものお母さんがずっと子どもをかかえて電車やバスで移動していました。けれども、小学校4年生になって身体も大きくなりますと、電車やバスで子どもさんを席に座らせる時、周りの目はとてもつらかった。でも、子どもさんに
このバッチをつけてから、私の心が楽になりましたと。このような内容のお手紙やお電話をいただくことによって、私たちどんなふうにすればいいのかともぞもぞしながら続けて参りました。
 このポスターは買っていただく形になってしまうんですけれども、こういうバッヂをつけている人はこういう事情のある人だということを隅の方に書かせていただいていてます。それ以上にこういうことを始めた趣旨である、みんなで助け合っていきませんかと。病気も元気も、それから子どもが悩む時も元気な時も病気の時も、それはみんなその時々によってお互い様の人生で、暖かい目で認め合って。 隠さなければいけないような世の中ではいけないような気がするんです。本音で話せる場をたくさん持っていくことがとても大切な気がするんです。
 興味がありましたら、何かの形でご協力いただければ、赤いバッヂの方120名おりますので、今日こんな話を聞いたよということを話していただければ随分助かりま
す。ぜひお願いしたいなと思います。

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