アンスクーリングへのお誘い—その①

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■□■□ アンスクーリングへのお誘い—-その① □■□■

▼我が子が不登校になった時
 我が子が不登校になった時、つまり学校へ行かなくなった時、親御さんはどうしますか?しばし「まさか我が子が…」と呆然とするかもしれませんね。でも、しばらく(数週間〜数ヶ月?)は不安なまま取り敢えず様子を見ることになるでしょうか。でも、いよいよ学校に行かない&行けないとなった時、保護者としてどうするのでしょうか?「我が子を何とかしなければ…」と思い、まずは学校で紹介された相談機関等に行くことになるでしょうか?
 でも、残念なことに教育行政下の現在の相談機関では親御さんの焦りや不安、本人の「学校には行きたくない」という秘められた気持ちを慮ってくれることは少ないようです。それよりも、いきおい「不登校対策」が優先することになるようです。
 実際のところ、教育行政が用意した相談機関等だけで子どもが元気になり、学校復帰を果たしたという例をあまり聞きません。もしかして、学校では、子どもの思いに寄り添い支援するというよりは、「集団生活が合わない子」として、特別支援学級とか特別支援支援学校に行くことを勧めるのかもしれません。それがその子のためだとして。

▼子どもが学びの主役にはなれない学校現場
 なぜ、子どもは学校から離れようとするのでしょうか?様々な要因はあるでしょうが、例えばその一つに,
「子どもが主役になれない学校」の問題もあるようです。本当は「子どもが主人公」であるはずの学校なのに、実際は全てが文部行政の指導の下にあります。その結果、必然的に「生徒ではなく先生が主役の学校」になってしまうということになります。
 不登校という現象そのものが「先生が主役で生徒は脇役」という空間の中で起きている側面があります。
 「炭鉱のカナリヤ」と言って、炭鉱夫が坑内にカナリヤの鳥籠を持って行き、その生死の状態によって坑内の安全度をチェックするという話があります。それと同じように、不登校という現象も、「もはや子どもにとってその学校は安全な場所ではなく危険に満ちている」ことを知らせるバロメータなのかもしれません。
 ですから、危機を察知した子どもが学校から逃げることは必要なのです。それでもなお学校に行こうとした結果、自死に至ることさえあります。でも、なんと学校生活と自死との因果関係の認定度の低いこと。
 学校生活の中で生徒が学びの主役にならない限り、不登校という現象がなくなることはないのかも知れません。

▼不登校の子どもの学び場の誕生
 1990年代に入り、不登校の子どもたちが毎年10万人を超えるようになってもまだ、教育行政が不登校の子どもたちの支援に動き出す気配はありませんでした(文部省が不登校を「どの家庭でも起こり得る」と認めたのは平成4年のこと)。
 それに当時の子ども観にも問題がありました。「不登校は学校の問題ではなく生徒個人の問題である」とされ、その大部分は子どもたちの「情緒の問題」であると認定されていたのです。
 そういう現実を前にして、「学校から子どもを守る」という立場を明確にして活動し始めたのが、日本における不登校支援の始まりでした(最初は「子ども支援塾」という各地域の個人塾でした)。そして、対学校、反学校的な色彩が濃厚で、「登校拒否」といういい方もされていました。
 そこから生まれたのが不登校の子どもたちを自由に活動させるフリースペースや、学びも取り入れ学校に代わって不登校の子ども達を全面的に支援するフリースクールや、家庭を学校に代わる学びの拠点とするホームスクールという、共に教育行政には頼らない民間による教育活動でした。
(②へ続く)


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