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ニュース

2016年4月17日 教育ニュース

子どもの絵は「上手」じゃなくていい

 子どもの絵を上手下手でではなく、個性の発露として見る。

 

生きる、死ぬってなんだろう?読めば「心が軽くなる」ブッダの教え3選

 「一切皆苦」「諸行無常」「縁起」−−−「苦」から「楽」へ

 

障がい児を育てるママは、こんな言葉や偏見に傷ついている!!

 ありのまま、あるがまま受け止め理解すること…。

 

「2人以上出産」発言:校長、退職へ…大阪市教委方針 毎日新聞

http://mainichi.jp/articles/20160325/k00/00m/040/150000c

▼「とうとう」と言うか「当たり前」と言うか、市教委は3月で退職と決めたようです。こういう問題、こんな大事になる前にチェック機能が教育者側だけでなく保護者の側にも働いていたいもの。再任などあり得るはずもない。

この人には「何がいけなかったのか?」とくと考えていただきたいですね。「でも、無理かな…」

教育ニュース20140620 「ネイマールの心」

◆◆ ワールドカップの一コマから考える ◆◆
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▼このビデオをご覧になって、どう感じられましたか?尊敬する素敵な選手と素敵な体験、素敵なショット!きっと一生消えることのない想い出を胸深く留めたことでしょう。 [br]
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でも、警備の人がこの子をフィールド外にそのまま連れ出していたとしたら—。おそらくこの子は飛んでもない悪い子の烙印を押され、もしかするとそのご両親監督不行届のお咎めをこっぴどく受けていたかも知れませんね。
(ここで警備の人を咎めるつもりはありません。彼らは不測の事態が起こらぬように職務に忠実に行動しただけなのですから) [br]
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でも、さすがブラジルのNeymar、子どもの純真な気持ちを察し、まるでわが子のように抱き上げ、みんなに胴上げまでさせる。後は見ての通りの展開。そこにサッカーを愛し、サッカーで結ばれた大人とこどもがいて、その子に最高のプレゼントをする。 [br]
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▼このことは、子育てにも当てはまるのかも。特に不登校の子どもと親御さんや教師との対応に。最後のよりどころとしてぱいでぃあの門を叩く子どもたちを見ていてそう思うことがあります。
飛んでもない子どもとか生徒とか見るのは親御さんや教師の方々。学校という組織をつつがなく運営するには仕方のないこともあるのかもしれませんが、当人の思いや立場を中心に考えれば、その子を活かすもっと別のやり方というものがあったのではないか—と思わないでもないことがあります。
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▼そういうことも含めて、「環境が大事」ということはいつも考えたいものです。
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▼小学生の「算数」も「国語」も独自の教材で、本人の理解できるレベルに設定して指導しています。
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▼ただし、教科学習も不登校からの立ち直りの全体的対応の一部と考えています。まずは不登校生に元気になってもらうこと、それが「急がば回れ」の対応です。
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不登校の子どものための教育相談

▼今年の小中の卒業生は幸いに、それそれ私立の中学進学校、私立の高校、公立の高校と無事全員合格し、先に通信制高校一本に決めていた卒業生と合わせて、卒業式を行いました。弾けた喜びの子ども達に対して、親御さん達は一様に言葉につまり立ち尽くしていました。

▼不登校の子ども達にとって、進学できるかどうか、受け入れてくれるところはあるかどうかは、最大の関心事。それは同じく不登校初体験の親御さんの場合も同じだったでしょう。とにかく一安心。しかもフリースクールに通う中ですっかり立ち直っているのですから。思ってもいなかったこと—という人もいらっしゃるでしょう。

▼自動車教習所では「交通法規は守ってください」と言われ、路上では「流れにのってください」と言われて、戸惑う初心者マークのドラバー。そんな心境に近いのかもしれませんね。あの時、あわててブレーキの代わりにアクセルを踏み間違えそうになった—。あるいは、その逆—。

▼我が子が不登校になった時も、正しい支援方法が分かれば迷わずに済みます。それに不登校への対応は一人の人間の生き方がまるごと掛かっています。「すみません、間違いました!」は許されないのです。科学のように再現は出来ないのです。一過性の真剣勝負なんです。

▼そこで、新学期が開始したもののやはり学校には行けないお子さんも交えて、「不登校の子どもを持つ家庭のための教育相談」を行いたいと思います。一件につき、約1時間です。ご希望の方はまずは電話かメールでご連絡をください。また、なるべくお話を整理されて来られますと、相互理解が効果的に行えると思います。その他、貴重な知見やデータ等がありましたら、ご持参下さい。

教育勅語の原本?52年ぶりに発見

マスコミのニュースで、「教育勅語の原本」が発見されたと話題である。

NHKではこう

朝日新聞ではこう

他もだいたい似たような紹介になっていて、深入りするのを避けているようにも見える。
穿った見方をするならば、「なぜ今、教育勅語なの?」とも感じる。

ひと言で言えば、「各論よし、総論バツ」とでもなろうか。

さて、皆さんはどう受け止められますか?

それまで見えなかったものが見えてくる「あぶり出し」効果があるかも。

『ニコラ』発刊に関するあれこれ

月刊教育雑誌『ニコラ』復刻版のご案内

◆月刊教育雑誌『ニコラ』は、1995年7月号が創刊。以来、84号まで続きます。普通の教育雑誌とは違い、子どものいる現場から、子ども達の育ちと学び、—子どもの心と命のために—発刊されました。まだ日本ではNPO等の法律もなく、後の「不登校新聞」(1998年)に先立つこと3年、市民活動も珍しい時代でした。

◆もともと『ニコラ』という雑誌は不登校專門の雑誌ではなかったのですが、発売前から、毎日・朝日・読売等の三大紙だけでなく群馬や新潟の方まで反響が広がり、取材にも落とすれるなど、『ニコラ』の思惑を超えて、「不登校の専門誌」という噂が独り歩きし、連日パンクするほど電話が鳴り続けたのです。そのほとんどが不登校の子どもを持つ親御さんからの電話だったのです。

◆子ども達の世界から自由な原っぱや遊び場が消えていき、子ども達が全てが大人が管理した枠組みの中で生きざるを得なくなって来た現実があり、至るところから子ども達の悲鳴にも似た叫び声が聞こえる—そう感じて教育雑誌月刊『ニコラ』の発刊を思い立ったことと、不登校專門の教育雑誌が発刊されると聞いて電話をかけてきた来た親御さんの行動とそんなに大きな違いはないのではないか、いやむしろ今は子ども達が命の声は不登校という形で表されているのではないか—。その時、子どもの声を発信するという『ニコラ』の編集方針は再設定されたのです。それが月刊『ニコラ』の船出でもありました。

◆それから約20年の歳月が流れようとしています。その間、不登校問題にどんな進展があったのでしょう。何が変わり、何が依然として変わらずにあるのでしょう。そういうことをもう一度不登校というものの原点に立ち返り考えてみたいと思うわけです。幸か不幸か、『ニコラ』という雑誌とその活動は新聞等でもよく取り上げられ、その影響で一般の教育者にも広まったところがあります。しかし、不登校研究と称するものにはいつも隔靴掻痒の感がありました。現場からは「現場を知らずに机上の論で書いている!」とか(これは今でも、研究者のアンケート等にも見られる)「何を根拠に書いているの?」「臨床例をどれくらい持っているの?」という声もありました。

◆ただし、私達は研究者グループではない。あくまでも子どものいる現場から声を発し合い学び合っていこうというのが基本でした。そういう過程で、「学校教育論」だけでなく「PTA問題研究」とか「親業」などにも広がって行きました。と同時に、学校を離れて不登校となった子どもに親が一番気を使うのは「我が子の 将来」ということ。特に進学に関わる問題でした。「このまま学校を離れてこの子に将来はあるのだろうか?」という不安。そこでまず県教委に問い合わせましたが、「不登校の生徒のために特別な対策の予定は全くはない」との返事。そこで、「ニコラの会」(『ニコラ』の読者グループ)で何とかしようということになった。

月刊教育雑誌『ニコラ』復刻のお知らせー(1)

 月刊教育雑誌『ニコラ』復刻版のご案内です 

▼1970年代の中ほどから、最大の投資とばかりに子ども達への教育熱が高まる一方で、それに比例するように子ども達が登校拒否・不登校という形で無言の異議申し立てをするようになりました。おそらく教育熱の高まりと不登校の輩出の間にはコインの両面のような関係にあるのだろうと思います。不登校の増加はまた、子ども達の周りから自由に遊んだり駆けまわったりする環境が失われていく過程でもあったと思います。

▼そういう時代背景の中で 雑誌『ニコラ』は産声をあげました。最初の目標は、クレヨンしんちゃんやコボちゃんのような子ども達がやがて小学校に上がる時に多分どの子にも生じるであろう違和感、それをしっかりと受け止められる親であることを願って、いわば親業をともに考える雑誌として構想されたものでした。しかし、事態は発行者である私達の思惑を超えて展開することになります。

▼「子育ての悩みを語り合える雑誌」ということで、最初に毎日新聞が紙面で大きく取り上げてくれ、次いで朝日新聞、読売新聞と三大紙が続きます。そこにさらに群馬新報とか信濃毎日などの地方紙までが大きく取り上げてくれました。それ自体は、三号雑誌で終わるかもしれないと危惧していた私達には望外の幸せでした。しかし、事態はそんなに単純ではありませんでした。それは、昔の「家の光」というような雑誌のように、我が子が学校に上がったら読む雑誌と考えていたのとは全く違って、三大紙でも地方紙でも「日本初の不登校専門誌」というような報道であったのです。

※(続く)

※あまり時間が取れませんので、ぼちぼち書いていきます。宜しければお付き合いください。

 

 

不登校支援にご協力を

▼新聞の報道によると、経済格差が教育格差となっている実態を、天下の文科省もとうとう認めざるを得なくなってきたようです。その格差を補填するものとして、今までも奨学金というものがありました。しかし、奨学金とは名ばかりで、実際は教育ローンでした。違いは、民間の場合は担保物件が必要ですが、国の場合にはある一定の学力水準にあれば後は出世払いでいいということぐらいのことでしょうか。

▼しかし、今その教育ローンが大勢の滞納者を苦しめています。社会全体が不況の中、意図せずして就職もままならず、返済のための借金の利子ばかりが膨らみます(利子まで付くの!)。貧乏の連鎖という蟻地獄です。そもそも、OECD諸国の中でも奨学金が教育ローンであるような国は少なく、教育費の負担がこんなに家庭任せである国も珍しいようです。

▼そして、子どもが「不登校」になった場合には、さらに悲惨です。小中学校の子どもは義務教育年限であるにもかかわらず、学校を離れた子ども達には教育公費の恩恵は一切なくなります。教育を受けるということは学校へ行くことだというような「ふざけた決まり」が「学校教育法」に書かれているからです。

▼しかし、不登校は家庭の経済状態を考えてなるわけではありません。一部の富裕な家庭を除いて、圧倒的多数の家庭が我が子に教育支援が必要とは思っても、孤立したまま家庭に留めおき、教育棄民の状態に放置することになります。もし、家庭にもう少し経済的ゆとりがあるならば、我が子のために教育支援の方法を取るはずです。

▼そこで、教育ネットワーク・ニコラ傘下の「フリースクール・ぱいでぃあ」では先駆けて「入学金と施設費の一部免除」を行うことにしました。しかし、それではどうしても運営に支障がでます。そこで、皆さんに支援をお願いし、「不登校ファンド」を設立し、救いを求めている子ども達に応えることにしました。皆様の切なるご協力をお願いする次第です。

▼なお、詳しくは「不登校支援活動にご協力を」のページを御覧下さい。具体的な支援の方法が載っています。